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Oasis - Definitely Maybe(1994)

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1994年はUKロックの分岐点の年だ。オアシスがSupersonicでデビューしたのは4月だが、その前の週にカート・コバーンが自殺した。

そんな時代の節目にオアシスは登場した。ノエルとリアムのギャラガー兄弟は、多様化する80年代UKロックシーンのなかで見失いかけていた、ロックの原始的な魅力を示した。

それは憶えやすいメロディーであり、憂鬱を吹き飛ばす歌であり、豪快にうねるギターだ。

ノエル・ギャラガーはビートルズに影響を受けた天才的ソングライターだった。同年8月に3rdシングルLive Foreverを発表するころには、ポップな曲作りの基盤は十分に出来上がっていた。

こうして同年リリースされたのがオアシスのデビューアルバムディフィニトリー メイビーである。

ディフィニトリー メイビーは初登場で1位を獲得し、1年以上もチャートの20位以内にとどまるロング・セラーとなった。

Supersonicの「俺は俺自身でなければならない」という強い自己肯定、Rock 'n' Roll Starの「今夜、俺はロックンロール・スターになる」という上昇志向。

誰もがオアシスのようなロック・バンドを望んでいた。

労働者階級の父親のDVにさらされたノエル・ギャラガーは、いつか這い上がってやろうという思いで虐待を生き延びた。

そして苦労した母親を思いやったLive Foreverの優しさ。彼らの歌は離婚やDVで複雑な家庭環境を抱える英国の若者の心をつかんだ。

セックス・ピストルズの登場の背景には、英国の没落があったが、オアシスはパーソナルな時代のヒーローとなった。

ディフィニトリー メイビーによって、ニヒリズムを広めたグランジが衰退し、希望の歌が支持されたのだ。

ノエル・ギャラガーはデビュー時「ビートルズを超える」と大口を叩いた。そして実際にビートルズのさまざまな記録を破り、単なるビック・マウスではないことを証明してみせた。

え?リアム・ギャラガーの歌が未熟すぎる?リズムが弱い?完成度としてはセカンドのモーニング・グローリーの方が高い?

そんなことは分かっている。だけどディフィニトリー メイビーには、そんな批判を吹き飛ばすほどの勢いと明確な意思表示、そしてメッセージがある。それだけでも凄いことじゃないか。

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