ロック

Red Hot Chili Peppers - Californication(1999)

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カリフォルニケイションはレッド・ホット・チリ・ペッパーズが1999年にリリースしたアルバム。

「ジョンはバンドが生まれた理由とスピリットを思い出させてくれた」アンソニー・キーディスは本作カリフォルニケイション発売時のインタビューでそう語っている。この言葉がレッド・ホット・チリ・ペッパーズにとってジョン・フルシアンテがそのような存在だったのかを象徴的に物語っていると思う。

メンバーのドラッグ問題や相次ぐメンバー交代が続いた80年代のレッチリはジョンとチャド・スミスの加入によってようやく落ち着き、89年に「母乳」を発表。91年のBlood Sugar Sex Magikで世界的な成功を収める。

ファンク、ジャズ、ラップ、パンクなどの雑多な音楽をミクスチャーした独自の音楽を確立したが、スターダムの重圧と世界ツアーの疲弊にジョンは耐え切れず、92年の日本公演中にバンドを去る。

その後5年間、ドラッグを友に孤独な地獄でもがいていたジョンは死の淵を何度ものぞいていた

レッド・ホット・チリ・ペッパーズはその後、新ギタリストを迎え95年にOne Hot Minuteをリリースするが、ジョンの抜けたピースは結局、埋められなかった。

ところがジョンは予想に反してバンドに復帰。こうしてリリースされたのが本作カリフォルニケイションである。

復帰したジョンは、カリフォルニケイションで以前をはるかに上回る音楽への情熱と創造力を携えて、バンドの可能性を拡大した。

アルバムの楽曲に陰影を持ったメロウなものが多いのは、ただ単にLAのパーティー・バンドだった悪ガキが大人になったからだけではない。ジョンがすさまじい集中力で、王道のロックが備える多彩な要素を本作カリフォルニケイションに注ぎ込んだからだ。

歌詞の内容も、人生の哀愁をにじませ、文明批判を盛り込み、幅が広がった。

レッド・ホット・チリ・ペッパーズというバンドには「運命共同体」という言葉がよく似合うと思う。もともとは高校の同級生だったフリーとアンソニーを核にするレッド・ホット・チリ・ペッパーズの土台は友情だ。そうでなければ5年もの間ジャンキーだったメンバーを再加入させるわけがない。

カリフォルニケイションは1500万枚というセールスを記録した。かつてドラッグで死にかけたバンドはその後、世界に大きく羽ばたいていく。その原点となったのが、本作カリフォルニケイションなのだと思う。

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